熊野本宮大社の主祭神である家津美御子はヤマト王権と敵対していた鬼・猿・土蜘蛛・蝦夷と呼ばれる青銅器文

 熊野本宮大社の主祭神である家津美御子はヤマト王権と敵対していた鬼・猿・土蜘蛛・蝦夷と呼ばれる青銅器文化の一族である
1  熊野三山の縁起(ウィキペディアより)
熊野三山は熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の三社からなるが、当初は別個の展開をたどり、本宮は崇神天皇代、速玉は景行天皇代(扶桑略記)、那智は孝昭天皇代に裸行が開基した(熊野権現金剛蔵王宝殿造功日記)とするが定かではない。正史において、神名が確実に確認できるのは806年の史料中にある記述で、766年付で「速玉神と熊野牟須美神にそれぞれ4戸の神封を施入した」とあるもので、これら2柱の神は今日の新宮に比定される熊野神邑に一緒に祀られていたと見られる。
 9世紀中ごろになると、単に熊野坐神とだけ呼ばれ、神名が明確でなかった本宮の神が家津美御子ないし証誠菩薩と呼ばれるようになり、新宮の牟須美・速玉とともに家津美御子が古くからの熊野神であるとの伝承が成立した(「熊野権現垂迹縁起・長寛勘文」所収)。
(私見)
 正史において神名が確認できるのは、速玉神と熊野牟須美神が766年、家津美御子(熊野坐神)が9世紀である。それ以前に熊野三山なるものはなく、熊野三山は伊勢神宮や出雲大社と同じく奈良時代後半になって藤原氏の列島における百済再興のあかしとして造られたテーマパークである。いくら、平安時代に歴代天皇が熊野詣でをしようが、所詮はUSJやディズニーランドと同じくテーマパークである。魂のない仏である。速玉男神と熊野牟須美神が熊野にいたのは短期間であり、船を造って伯耆国へ行った。

2  家津美御子神(別名 熊野坐神・素盞鳴神)
 家津美御子神は神倉神社に降臨した熊野権現である。
「昔、唐の天台山の王子信が日本の英彦山に天降った。その姿は高さ3尺6寸の『八角なる水晶の石』という。次に伊予国の石鎚峯、次に淡路国の遊鶴羽山、次に紀伊国の切部山付近にある松の木のもとに移った。それから熊野新宮の南の神蔵峯(神倉神社)に降臨した。その後、今度は新宮の東の阿須賀社の北、石淵谷に移る。ここではじめて『結玉家津美御子』という名を表わした。それから、神は『本宮大湯原』(明治22年まで本宮大社が鎮座していた大斎原)の、3本のイチイの木に3枚の月形となって天降った」とある(1163年の長寛勘文に引用の熊野権現御垂迹縁起より)。
(私見)
 熊野三山のなかで一番の主祭神とされている家津美御子は素戔嗚命ではない。熊野本宮大社の主祭神である家津美御子神は神武天皇と戦った兄磯城と同じ青銅器文化の一族である。早い時代に全国に展開していた鬼・猿・土蜘蛛・蝦夷と呼ばれる青銅器文化の一族である。家津美御子神のいた神倉神社から銅鐸が見つかっている。兄磯城のいた米里からも銅鐸が見つかっている。どちらも神武天皇に敵対する一族である。また、家津美御子神は青銅器文化の一族の拠点であった淡路島にもいたこともあるので、ヤマト王権に敵対する青銅器文化の一族であった。
 時代は唐ではなく漢の時代である。紀元前194年に列島に渡ってきた殷王朝の末裔準王の一族である。卑弥呼たちヤマト王権は熊野も巡行したが、家津美御子一族は石淵谷や熊野川の奥の本宮大湯原に逃げていたので平定できなかった。

3  私見
 神倉神社から銅鐸が見つかっている。家津美御子は淡路島にもいたが、淡路島は銅鐸が多くみつかり、青銅器文化の一族の拠点である。神倉神社にいた神は熊野権現と呼ばれ、徐福の7人の残り4人が仕えたという。仕えなければ殺されたから仕方なく仕えた。3人(速玉男命・熊野櫲樟日命・事解男命)は船を造って国に帰ったとするが、国に帰ったのではなく、海路吉備国に到着し陸路伯耆国に至って徐福に再会した。この7人は紀元前219年に熊野に漂着した7人である。3人(速玉男命・熊野櫲樟日命・事解男命)は伯耆国に行ったが残った4人は20数年後に熊野権現(家津美御子)が現れ熊野権現に仕えた。このことは伯耆国にいた神武天皇たちの耳にも入っていたはずである。熊野本宮大社の熊野12所権現のなかで主斎神とされる家津美御子だけが異質である。
 京都の藤原氏は熊野での主従関係を愉快に思っていた。天皇は伊勢神宮には行かなかったが、熊野詣では何度もしている。

4  (参考)
 鳥取県神社誌に見る、一時熊野にいて徐福に再会するために伯耆国に来た3人(船を造って伯耆国に来た)を祀る神社(3人とも因幡国より伯耆国に多い)
※速玉男命 因幡7社 伯耆21社 計28社 
熊野神社(浦富町)、長瀬神社(河原町)、高山神社、末松神社(気高郡)、新宮神社(宝木村)、新宮神社(逢坂村)、子守神社、立原神社(上余戸)、東郷神社、上小鴨神社、天乃神奈斐神社、柴尾神社(以西)、船上神社(以西)、葦原神社(安田)、日御碕神社(陰田)、熊野神社(東長田村)、熊野神社(賀野村)、岸本神社、岡成神社、熊野神社(アビレ村)、多里神社、宮市神社、大森神社(以西)、山根神社、中川神社、野上荘神社、福岡神社、神奈川神社
※熊野櫲樟日命(別名 熊野夫須美神または熊野牟須美神) 因幡3社 伯耆8社 計11社 
都波奈彌神社、諏訪神社(智頭町)、天穂日命神社、大原神社、松崎神社、日御碕神社(陰田)、逢坂八幡神宮、天萬神社、野上荘神社、厳島神社(日野村)、安井神社
※事解男命 因幡7社 伯耆15社 計22社 
熊野神社(浦富町)、長瀬神社(河原町)、高山神社、末松神社(気高郡)、新宮神社(宝木村)、新宮神社(逢坂村)、子守神社、立原神社(上余戸)、東郷神社、上小鴨神社、天乃神奈斐神社、柴尾神社(以西)、船上神社(以西)、葦原神社(安田)、日御碕神社(陰田)、熊野神社(東長田村)、熊野神社(賀野村)、岸本神社、岡成神社、熊野神社(アビレ村)、多里神社、宮市神社

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