瓊々杵命が言った「笠砂の御前」とは北条砂丘全体であった

 笠沙の「沙」、伊那佐の「佐」のもとの字は「砂」と思われる。
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 海抜4mまで海が上昇した鳥取県中部の地形である。
News Reader - German my flood map(洪水マップ) | about | privacy Data provided by NASA に基づく。http://flood.firetree.net/
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 現在の地図に海岸線をなぞってみた地形である。
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 この当時、天神川は今の河口ではなくて石山にふさがれていた。石山の前で東に迂回して東郷池に流込んでいた。また今の海岸線の砂は波によって高くなったものだから省略した。2200年の間に海岸線がボロボロになっているが、農業等の造成によるものと思われる。
 これを見る限り、茶臼山を中心にした柄(中洲)のある、大きな笠が出現する。西園・東園の高い砂丘が笠形になっていたのだろうと推測していたが、これほど大きな笠形が現れるとは想像していなかった。
 「笠砂の御前」とは、鳥取県で2番目に大きい北条砂丘のほぼ全体を占める大きな御前であった。
 「笠砂の御前」の左下が葦原中津国である。葦原中津国は外洋を通る船には「笠砂の御前」が垣になって見えない。この小さな湾に入るには、「笠砂の御前」を巻き通らければならない。

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